M スターパルス速報
// エンターテインメント

高橋巨典の退社理由とは?UMK退職からフリー転向・ももち浜ストア卒業まで全解説

By Emily Carr

高橋巨典(たかはし きょてん)というアナウンサーの名前を聞いて、ピンとくる人は九州地方、とりわけ宮崎や福岡に縁のある方が多いだろう。35年以上にわたってローカルテレビの第一線に立ち続け、『めざましテレビ』の代打MCまで務めた実力者が、なぜテレビ宮崎(UMK)を去り、その後ももち浜ストアのMCをも離れることになったのか。ここではその退社理由と、フリー転向後の軌跡をまとめる。

高橋巨典アナウンサー

高橋巨典とはどんなアナウンサーか

高橋巨典さんは1960年9月8日生まれ、宮崎県西臼杵郡日之影町出身のフリーアナウンサーで、元テレビ宮崎(UMK)のアナウンサーだ。宮崎県立延岡高等学校を卒業後、玉川大学に進学し、1983年にUMKへ入社している。長い局アナ時代を経て、2019年にフリーへ転向した。

なお、「巨典」という名前は「なおのり」と読むが、一見では読めないため、報道番組などでない限りは「きょてん」と読ませている。フリー転向後も「きょてん」の読みを前面に出して活動しており、その個性的な名前もまた、視聴者の記憶に残る一因となっている。

高橋さんはUMKの社会貢献活動の一環として読み聞かせのイベントを実施し、2017年8月時点で220以上の学校や図書館を訪れている。さらに2023年8月には「みやざき大使」に任命され、地域貢献へのさらなる意欲を示している。単に番組を進行するだけでなく、地域に深く根ざした活動を続けてきたことが、長く愛される理由のひとつだ。

35年間のUMK時代と全国区での活躍

ローカルアナウンサーというと、どうしても知名度が地域に限定されがちだ。しかし高橋巨典さんはその枠を軽々と超えていた。

フジテレビ系列の情報番組『めざましテレビ』では宮崎からの中継リポートで人気を博し、2001年から7年にかけてレギュラー司会者の大塚範一の夏季休暇中の代理司会を務めた。全国ネットの生放送で代打MCを任されるというのは、局アナとしては異例の信頼度の高さを示す出来事だった。

活動歴を見ると、1996年から2008年にかけてフジテレビ『めざましテレビ』のリポーターを務め、2001年から2008年にはスタジオで代打MCも担当。2009年から2014年はニュースキャスターとして『UMKスーパーニュース』にも出演している。幅広いジャンルをこなす器用さが、30年以上にわたって局の看板アナとして居続けられた理由だろう。

テレビ宮崎UMKスタジオ

高橋巨典がUMKを退社した理由

2019年3月31日、高橋巨典さんはテレビ宮崎(UMK)を依願退職した。高橋巨典アナは2019年3月31日付けでテレビ宮崎を依願退職し、フリーに転向。タレント事務所「パインズ」(福岡市)に所属し、九州地方のテレビ・ラジオ番組に出演している。

「依願退職」という言葉が示すとおり、会社側からの解雇や人員整理ではなく、本人の意思による退社だ。高橋巨典さんは実に35年という長い間、UMKで活躍していたことになる。これだけ長いキャリアを積んだ局を自ら離れる決断は、容易ではなかったはずだ。

公式に退社の詳細な理由が発表されたわけではない。ただ、58歳という年齢でフリー転向を選んだ背景には、「新しいステージで自分の力を試したい」という前向きな意思があったと見る声が多い。宮崎という一地域に留まらず、九州全体をフィールドに活動する意欲が、この決断を後押ししたのではないかと考えられる。朝日新聞も当時、「高橋巨典さん、フリーに転向へ テレビ宮崎アナウンサー」として報じており、その話題性は地元にとどまらなかった。

フリー転向後の新しい拠点・福岡へ

UMKを退社した高橋さんが選んだ次の舞台は、福岡だった。福岡を拠点とするタレント事務所「パインズ」に所属し、九州各地でのテレビ・ラジオ出演を精力的にこなしていく。

1983年から2019年までUMKテレビ宮崎でアナウンサーを務め、2019年以降はフリーアナウンサーとして宮崎・福岡・大分でMC、パーソナリティ、コラム執筆と多方面に活動している。局アナ時代よりもむしろ活動エリアが広がっており、フリー転向が正解だったことを結果が証明している。

趣味はフライフィッシング、ジョギング、居酒屋巡り、音楽鑑賞、ポテサラ研究と多彩で、その人間的な深みと親しみやすさが番組での自然体のトークにも反映されている。視聴者との距離を縮めるのがうまいアナウンサーというのは、こういう人を指すのかもしれない。

ももち浜ストア テレビ西日本

ももち浜ストアのMCとして活躍した4年間

フリー転向後、高橋さんのキャリアに新たな章をもたらしたのがテレビ西日本(TNC)の情報番組『ももち浜ストア』だ。

2020年春より、テレビ西日本『ももち浜ストア』のメインMCに就任した。コロナ禍という厳しい時代の中でも番組を支え、九州の視聴者に馴染みの顔となっていった。そのトーク力と安定感は、帯番組という毎日放送される過酷なフォーマットでも際立っていた。

2024年3月29日、高橋さんは自身のSNSで「この4年間、ももち浜ストアをご覧いただきありがとうございました。そして沢山の温かいメッセージもありがとうございます。引き続き大好きな福岡の地で頑張りますので今後ともどうぞよろしくお願いします。福岡最高」と投稿し、番組卒業を報告した。感謝の言葉が素直に並んだその文章からは、4年間の充実感がにじみ出ている。

ももち浜ストアを降板した理由は何か

「なぜ番組が続いているのに高橋さんが卒業するのか」という疑問を持った視聴者も少なくなかった。

高橋巨典アナがももち浜ストアを降板する理由は発表されていない。番組側も公式なコメントを出しておらず、本人も詳細には触れていない。ただ、ももち浜ストアのMCの後任が大谷アナウンサーと坂梨アナウンサーになることから、局が経費を削減するために高橋巨典さんが降板することになったと推測されている。

フリーアナウンサーで63歳の高橋巨典さんをMCで起用するとなると、自前のアナウンサーを使うよりも当然ギャラが高くなってしまい、帯番組となると相当な経費がかかる。現在テレビ局ではどこの局もスポンサーによる収入が激減しており、キー局以上にローカル局の場合、その傾向が顕著だ。こうした日本のテレビ業界全体が抱える構造的な問題が、番組出演者の入れ替えという形で表面化した一例と言える。

高橋さん個人の評判や実力に問題があったわけでは全くない。高橋アナが降板した理由は評判が悪いからではない。視聴者からの支持は高く、SNSには惜しむ声が多数寄せられていた。

降板後も続く福岡での活動

ももち浜ストアを離れた後も、高橋さんは止まることなく動いている。

高橋さんはフリー転向後の所属先であるパインズにてアナウンスメントの講師を務めており、2024年5月には新たなクラスをスタートさせた。後進の育成にも積極的に関わっており、単に「顔を映す仕事」だけに留まらない活動の幅の広さが伝わってくる。

CMナレーションや映画出演など、テレビ・ラジオ以外の分野にも活動の場を広げており、フリーとしての強みを最大限に生かしていると言えるだろう。テレビ局という組織に縛られないからこそ、こうした柔軟な動き方ができる。

フリーアナウンサー 福岡 活動

退社という選択が持つ意味

高橋巨典さんのキャリアは、局アナとフリーアナウンサーという二つのステージに大きく分けられる。35年間同じ局で働き続けることも、そしてその後に新しいフィールドへ飛び出すことも、どちらも並大抵の決断ではない。

58歳でのフリー転向は、リスクを取った挑戦だ。しかし実際には、宮崎という地域を超えて九州全体へと活動エリアを広げ、ももち浜ストアという人気帯番組のメインMCに抜擢されるという結果を残した。退社を「終わり」ではなく「始まり」として捉えた姿勢が、その後の充実したキャリアを生んだと言っていい。

テレビ業界の経費削減の波は、高橋さんに限らず多くのフリーアナウンサーに影響を与えている。しかしそのような環境でも、積み上げてきた実績と人柄が次の仕事を呼ぶ。高橋巨典さんはその好例のひとつだ。

まとめ:高橋巨典の退社理由を整理する

高橋巨典さんに関する「退社理由」には、実は二つの局面がある。一つ目はテレビ宮崎(UMK)からの退社、二つ目はももち浜ストアMCからの降板だ。前者は本人の「フリー転向・新たな挑戦」という積極的な意思による依願退職であり、後者は番組の制作コスト削減という業界事情が絡んでいると見られている。どちらも公式に詳細な理由が発表されているわけではないが、関係する情報を総合すると、こうした背景が浮かび上がる。

60歳を超えてもなお精力的に九州を舞台に活動を続け、アナウンスの講師としても後進を育てている高橋さんの姿は、「退社」という言葉が持つネガティブなイメージとはかけ離れている。一つの章が閉じるたびに次の章を力強く開いてきた、そのキャリアの歩み方こそが、多くのファンが注目し続ける理由ではないだろうか。